2018年11月27日

孤独死

孤独死。
胸をえぐられるようなこの響き。
地域が、家族が、人間同士が隔離される社会。死が隠蔽され、リアルを失いつつある現代においてこれほど重要なテーマはほかにないのではないでしょうか。

孤独死とは
主に一人暮らしの人が誰にも看取られること無く、当人の住居内などで生活中の突発的な疫病などによって死亡することを指す。特に重篤化しても助けを呼べずに亡くなっている状況を表す。(ウィキペディアより)

わたしたちはいま、どれほど「死」に向き合うでしょうか。
かつては仏教思想が根底に流れている社会構造があり、仏壇や墓参りなど世の無常と向き合うことで自らの、そして他者の「死」に向き合えるようになっていました。
しかしその根幹は崩れ、現代社会から「死は隠蔽されている」わたしはそう感じています。
この芝居で、生と快楽原理を追い求める『此岸』に、『彼岸』の立場からひとつの問いかけをしたいとおもいます。
他者の「死」に真摯に向き合うことで、その他者が「生きる」ことになる。
この問いかけを、ぜひ劇場でうけとめてください。
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posted by ヒガンノジカン at 18:00| 日記

2018年11月26日

シベリア

シベリアとは、ウラル山脈以東のロシア領のことをさします。そもそもシビル・ハンという国があったことがその語源といわれています。
もっとも南の主要都市ウラジオストクでも緯度は札幌とほぼ同等。雪のない季節は4月〜9月ごろまでしかなく、もっとも寒い地域の史上最低気温はー73度という想像もつかないほどの、極寒の、雪にとざされた地域です。
主要産業は林業。寒いロシアではいまだ伝統的な暖炉がいきており、大量の薪を必要としています。
森から切り出した材木は、モスクワなどの大都市へ運ばれて大量に消費されます。その輸送をになっているのが、ユーラシア大陸をほぼ横断するシベリア鉄道です。そしてシベリア鉄道にはバイカル・アムール鉄道。通称バム鉄道と呼ばれる支線。つまり第二鉄道があります。
極東、ウラジオストクからシベリア全体のほぼ中央、イルクーツク州タイシェトまでを結ぶ路線です。
この鉄道は第二次世界大戦当時、まだ完成していませんでした。戦後のシベリア抑留は、その人足として日本兵の捕虜が作業にあたらされたという側面もあります。
バム鉄道敷設作業の様子。
バム鉄道.jpg

「死の鉄道」「枕木一本に日本兵一人の死」極寒のなか野外での重労働は陰惨を極めました。シベリアの凍土には、墓も立てられないまま葬られた多くの日本兵たちの亡骸が、いまもとり残されています。
シベリア(旧ソビエト連邦)のラーゲリの分布地図。
シベリア 地図.jpg
posted by ヒガンノジカン at 18:00| 日記

2018年11月25日

牡丹江

牡丹江という都市があります。
牡丹江省牡丹江市。名前は近くを流れる牡丹江川からとったそうです。
もとはそう栄えた街でもなかったのですが、満州国ができ、北東の守りを固めるため関東軍極東第一方面軍の逗留地として新設された大都市でした。
満州国当時の牡丹江の所在地。
満州 地図.jpg

街の形状はロサンゼルスを参考にした碁盤目状になっており、牡丹江駅前の太平路という大通りには大和ホテルをはじめ、ビューロー、官公署、銀行、商社、商店などのビルが立ち並んでいたそうです。
街割としては、東西に線路、通称「ロシヤ鉄道」が走っており、それを境に新市街、旧市街と分かれ、さらに旧市街の東側は満州人町、西は朝鮮人町に分かれていたそうです。
終戦間近の人口は約10万人とも16万人とも。
1945年8月9日、満州は対日宣戦をしたソ連軍の侵攻にあい、関東軍の精鋭はみな南方に派兵されていたので、少ない人員、銃器で戦うも次々破れ、牡丹江市も8月12日、炎上。
軍が足止めをしたおかげでおおかたの日本人は避難することができたが、これを期に、一時代を築いた牡丹江市は衰退しました。
ありし日の牡丹江。
牡丹江.jpg

いまでは中華人民共和国の黒竜江省の都市としてハルビン・チチハルに次ぐ人口の都市だということです。
posted by ヒガンノジカン at 18:00| 日記